「同じエース人材が3つのプロジェクトに掛け持ちで取り合いになっている」「上が号令をかけた案件が増える一方で、どれも中途半端に走っている」——。限られた人と予算を、次々と立ち上がるプロジェクトが奪い合う。この構造に、心当たりのある責任者は少なくないはずです。
やっかいなのは、もう一つの見えにくい問題が同時に進むことです。個々のプロジェクトはそれぞれ「正しく」進んでいるのに、束ねてみると会社の戦略とずれた投資に予算が吸い込まれている。現場は真面目に手を動かしているのに、経営から見た成果が積み上がらない。リソースの奪い合いと、戦略とのズレ。この2つは別々の悩みに見えて、根っこは同じところにあります。
その根っこを断つ枠組みが、本記事のテーマであるプロジェクトポートフォリオ管理(PPM)です。PPMは「進行中の案件を一覧表で管理すること」ではありません。数ある候補のなかからどれをやり、どれをやめ、限られた資源をどこへ配分するかを、戦略目標に照らして決める——経営レベルの意思決定の枠組みです。本記事では、PM・PL・IT統括責任者が実務で使える視点で、PPMの本質・優先順位付けの手順・リソース最適化・PMOの正確な役割までを掘り下げます。
- ✓プロジェクト/プログラム/ポートフォリオの3層構造と、PPMがプロジェクト管理と根本的に違う理由
- ✓「プロジェクトが多すぎる」状態をどう診断するか(過負荷を見抜く目安)
- ✓4軸スコアリングで優先順位を付ける具体的な手順と、ROI・財務指標の使いどころ
- ✓案件を「止める・畳む(Stop/Kill)」判断をゲートで運用する方法
- ✓経営層に「見せる」ダッシュボードの設計項目と、部門横断のリソース調整の進め方
- ✓Excelと定例会議で回す「最小PPM」——中小・中堅企業の現実的な始め方と、PMOの正しい役割
1. プロジェクトポートフォリオ管理(PPM)とは何か
プロジェクトポートフォリオ管理は、しばしば「プロジェクト管理の上級版」と誤解されます。ところが両者は、見ているものも、答えを出す問いも違います。ここを取り違えると、優先順位付けもリソース調整も、ただの一覧管理に縮んでしまう。まずは3層構造の整理から、PPMが「経営レベルの意思決定」である理由をほどいていきます。
3層は規模の大小ではなく「見ている問い」で分かれます。下の図は、各層が何を問い・何を目的とするかを整理したものです。
1-1. プロジェクト・プログラム・ポートフォリオの3層構造
PMIの標準では、実行の単位が3つの層に整理されます。いちばん下がプロジェクト=独自の成果物を生み出す、始まりと終わりのある活動です。たとえば「新販売管理システムを来春までに稼働させる」。これは1つのプロジェクトです。
その上にプログラムがあります。これは「大きいプロジェクト」ではありません。個別に管理していては得られない便益(ベネフィット)を実現するために、関連する複数のプロジェクトを束ねて調整管理する単位です。たとえば「顧客体験の刷新」という便益のもとに、販売管理刷新・コールセンター改修・アプリ開発を連携させて回す——これがプログラムです。
そして最上位がポートフォリオ。これも「案件の一覧表・台帳」ではありません。戦略目標を達成するために、プロジェクト・プログラム・定常業務をひとまとめのグループとして管理する単位です。主眼は、戦略との整合と、限られた投資をどこへ振り向けるかの最適化にあります。金融の資産ポートフォリオを思い浮かべると近い——限られた資金を、どの銘柄にどれだけ配分するかを全体最適で決める、あの発想です。
3層は「規模の大小」ではなく「見ている問い」で分かれます。プロジェクトは成果物を出せるか、プログラムは便益を実現できるか、ポートフォリオは戦略に投資が合っているか。同じ「案件」という言葉でも、どの層の話をしているのかを区別すると、議論が噛み合います。
1-2. なぜ「一覧表」ではなく「経営の意思決定」なのか
PPM(Project Portfolio Management)は、実施するポートフォリオを選定し、優先順位を付け、投資を配分し、モニタリングする一連の管理活動です。ここで決定的なのは、扱う問いが「この案件をどう上手く回すか」ではなく、「そもそも、この案件をやるべきか。やめるべきか。今か、後か」である点です。個別最適の問いから、全体最適・投資判断の問いへ。ここがプロジェクト管理との分水嶺になります。
だからPPMは、現場のマネジメント技法というより経営の意思決定の枠組みに位置づきます。四半期に一度、走っている案件と控えている候補を並べ、戦略の物差しで「続ける/絞る/止める/新しく始める」を決める。この判断を、勘や声の大きさではなく、共通のルールで回せるようにする——それがPPMの狙いです。皆さまの組織では、この「やめる判断」を誰が、どんな根拠で下しているでしょうか。
1-3. Do the right things と Do things right の違い
両者の違いは、この一対の言葉に凝縮されます。プロジェクト管理はDo things right(物事を正しく行う)——決まった案件を、納期・予算・品質どおりに完遂する営みです。対してPPMはDo the right things(正しい物事を選ぶ)——そもそも何に取り組むべきかを選ぶ営みです。
この違いを見落とすと、恐ろしいことが起こります。すべてのプロジェクトが「正しく」進んでいるのに、会社としては間違った方向へ全力疾走している、という事態です。現場は優秀で、進捗も予算も守られている。にもかかわらず戦略成果が出ない。原因は実行の質ではなく、選択の質にある。PPMは、この「選択」に光を当てる管理だと捉えてください。下の表で、両者の視点の違いを整理します。
| 観点 | プロジェクト管理 | プロジェクトポートフォリオ管理(PPM) |
|---|---|---|
| 問い | この案件をどう正しく完遂するか | そもそも何に取り組み、何をやめるか |
| 最適化の対象 | 個別最適(納期・予算・品質) | 全体最適(戦略整合・投資配分) |
| 合言葉 | Do things right | Do the right things |
| 主な決定者 | プロジェクトマネージャー | 経営スポンサー・ステアリングコミッティ・業務オーナー |
台帳に案件が並んでいるだけでは、やめる判断は起きません。PPMは3層構造の最上位に立つ「戦略と投資を最適化する管理」であり、案件の一覧管理でも大規模プロジェクト管理でもありません。プロジェクト管理が「正しく行う」なら、PPMは「正しいことを選ぶ」。まずは自社が今どちらの問いに時間を使っているか、振り返ってみてください。
2. なぜ今、ポートフォリオ管理が必要なのか
意外に思われるかもしれませんが、「プロジェクトが多すぎて回らない」状態は、能力不足でも怠慢でもなく、選ぶ仕組みがないことの必然的な帰結です。やる/やらないの関門がなければ、案件は足し算でしか増えません。過負荷をどう見抜き、戦略とのズレがどこで生まれるのか。具体的な兆候から順にたどります。
2-1. 「プロジェクトが多すぎる」状態をどう診断するか
「多すぎる」は感覚語になりがちですが、いくつかの観察できる兆候に落とし込めます。まず主要メンバーの掛け持ち数。1人が同時に3件も4件も抱えると、切り替えコスト(コンテキストスイッチ)だけで実働が削られ、どれも進みません。次に着手済みだが停滞している案件の割合。始めたのに動いていない案件が並ぶのは、着手基準がなく「始めっぱなし」になっているサインです。
さらに、直近で正式に中止・終了した案件がほぼゼロという状態は、強い警告灯です。健全なポートフォリオは、始めるのと同じくらい「畳む」判断が起きます。中止がまったく無いのは、選別が働いていない証拠と読めます。
例えば、あるエンジニアが3つの案件を掛け持ちしている場面を思い浮かべてください。午前は案件Aの設計レビュー、午後は案件Bのベンダー打ち合わせ、夕方は案件Cの障害対応。会議と資料の切り替えだけで一日が埋まり、腰を据えてコードや設計に向かう時間がほとんど残りません。本人の実効稼働は分散し、どの案件も少しずつしか進まない。掛け持ちが増えるほど、この「切り替えで溶ける時間」が雪だるま式にふくらみます。以下は自己点検のためのチェックリストです。3つ以上当てはまるなら、案件過多を疑ってください。
- ☐ エース級の人材が、常時3件以上を掛け持ちしている
- ☐ 「着手済み」なのに、この1か月ほとんど動いていない案件が複数ある
- ☐ 直近半年で、正式に中止・凍結した案件が1件もない
- ☐ 案件を止める/続ける判断の「場」と「基準」が決まっていない
- ☐ 新規案件は「誰かの号令」で始まり、既存案件との優先度が比較されない
案件が多すぎる組織で最も見落とされがちなのが「見えないコスト」です。掛け持ちによる切り替えロス、停滞案件が握ったまま離さないリソース、優先度の低い案件に貼りついた予算——これらは表の進捗管理に出てきません。数字の見た目は動いていても、水面下で最重要案件が痩せ細っていく。ここに気づけるかどうかが分かれ目です。
2-2. 戦略とずれた投資が生まれるメカニズム
戦略とのズレは、悪意からではなく、個々の合理的な判断の積み重ねから生まれます。各部門は、自部門にとって正しい案件を立ち上げます。営業は営業の、情シスは情シスの、製造は製造の「良い案件」を持ち寄る。一つひとつは筋が通っています。ところが全社で束ねる場がないと、それらは戦略の物差しで比較されないまま、それぞれの予算枠で走り出します。
結果として、会社が今年いちばん賭けたい戦略テーマに、人も金も集中しない。声が大きい部門や、稟議を通しやすい案件に資源が流れ、戦略の本丸が後回しになる。これが「部分最適の総和が全体最適にならない」という古典的な失敗です。各部門がそれぞれ合理的に投資判断を進めても、束ねる場がなければその総和が全社戦略と噛み合わず、部分最適の集積にとどまりやすくなる——構造そのものがズレを生みます。PPMは、この分散を全社の物差しに載せ替えるための仕組みだと理解してください。
まずは「全案件を1枚に並べて、戦略テーマごとに色分けする」だけでも効果があります。どの戦略にどれだけの案件・人員・予算が張り付いているかが可視化され、「本命に資源が回っていない」事実が一目で見えます。可視化は説得材料になり、止める・寄せる判断の起点になります。
株式会社オーシャン・コンサルティングでは、PMO導入・ITプロジェクト支援に関するご相談を随時承っております。現状の課題をお伺いした上で、最適なご支援内容をご提案いたします。
3. 優先順位付けとリソース最適化の実践
ここからが実務の核心です。PPMの成否は、案件を並べたあとに「共通の物差しで比べられるか」にかかっています。4軸スコアリングで優先度を付け、財務指標で土台を固め、人の稼働を可視化して過剰配分を解く。手を動かす順に見ていきましょう。
4軸それぞれに1〜5点を付け、下図のように加重合計を出すと、感覚的だった「重要そう」が数値の土俵に乗ります(重みの数値はあくまで一例です)。
3-1. 4軸スコアリングで案件を比較する
優先順位付けの基本は、案件を同じ評価軸で採点し、比較可能にすることです。代表的な軸は4つ。戦略適合性(会社の戦略にどれだけ効くか)、ROI・期待効果(投じた資源に対して見込める効果)、リスク(技術・体制・依存関係の不確実性)、緊急度(法規制対応や機会損失など、時間の切迫度)。各軸を1〜5点で採点し、戦略への重みを厚めに配分して合計する——このやり方で、感覚的だった「重要そう」を数値の土俵に載せます。なお「ROI・期待効果」の軸は、定量のROIと定性の期待効果を合わせて評価する設計です。数字で測れる効果と、測りにくいが戦略上大切な効果を、同じ軸のなかで見比べる狙いがあります。
重み付けは加重合計にすると差が付きます。一例として戦略適合性×3・ROI×2・リスク×1(点が高いほど不利なので逆転して減算)・緊急度×1。これはあくまで一例で、自社が戦略をどれだけ重視するかでウェイトは変わります。そして初回は、この重みを全員で決める会議を必ず設けてください。「なぜ戦略適合性を3倍にするのか」を議論すること自体が、優先度の合意形成の場になります。
大切なのは、点数を出すこと自体より、採点の根拠を全部門で共有することです。「なぜこの案件は戦略適合性が5なのか」を言語化して並べると、部門をまたいだ会話が成立します。下の表はスコアシートの雛形です。数字の高低だけを見るのではなく、点差の理由を議論の入口として使ってください。
| 評価軸 | 見るポイント | 配点の考え方 |
|---|---|---|
| 戦略適合性 | 今年の重点戦略にどれだけ直接効くか | 重みを最も厚く(本丸を沈めない) |
| ROI・期待効果 | 投資に対する定量・定性の見込み効果 | 前提を明記(後述の財務指標) |
| リスク | 技術・体制・依存の不確実性(高いほど減点) | 高リスクは着手条件で補う |
| 緊急度 | 法規制・期限・機会損失の切迫度 | 緊急=重要ではない点に注意 |
投資対効果の指標をどう選び、どう見せるかは、それ自体が奥の深いテーマです。KPIの設計に踏み込みたい方は、プロジェクトマネジメントKPI設定:PMOが実践する効果的指標の選び方もあわせてご覧ください。
3-2. ROI・財務指標で選定の土台を固める
スコアリングの「ROI」軸を支えるのが財務指標です。よく使われるのは、投資回収期間(何年で元が取れるか)、NPV(将来の効果を現在価値に割り引いて評価する)、そしてIRR(投資の利回りを率で示す指標。ただし前提の置き方で結果が振れやすく、中小規模では計算負荷にも注意)といった指標です。ここで留意したいのは、数字の精度より前提の透明性だという点です。効果の見積もりには必ず仮定が入ります。その仮定を明示しないまま「ROIが高い」と主張すると、比較の土俵が崩れます。
とくにDXやIT基盤の案件は、効果が定量化しにくいものが混じります。売上や工数削減で測れる案件と、セキュリティ強化や基盤刷新のように「やらないと将来困る」案件を、同じROIの物差しだけで並べると本質を見誤ります。定量効果・定性効果・リスク回避効果を分けて記録し、財務指標は意思決定の一材料として扱う。こう位置づけると、数字に振り回されずに選定できます。予算配分そのものの統制については、PMOが教える予算統制の実践法で詳しく扱っています。
3-3. リソースの可視化と過剰配分の解消
優先順位が決まっても、人がそこに動かなければ絵に描いた餅です。カギは誰が、どの案件に、何%ぶら下がっているかを可視化すること。スキル別・人別の稼働マップを作ると、特定のエースが複数案件で120%、150%と過負荷になっている実態が浮かびます。合計が100%を超えている時点で、その人はどこかで手を抜くか、遅れるか、燃え尽きるかのいずれかです。
過剰配分が見えたら、打ち手は3つに絞られます。優先度の低い案件から人を外す、着手のタイミングをずらす(時期分散)、代替できる人へ配置換えする。いずれも「今すべての案件を同時に走らせない」という発想が土台です。全部を並行で回そうとするから全部が遅れる。順番を付けて資源を集中させたほうが、結果的に多くの案件が早く完了します。以下は過剰配分を解くステップです。
-
1
人別・スキル別に、各案件への割り当て(%)を書き出して合計する
-
2
合計が100%を超えるメンバーと、その原因となる案件を特定する
-
3
優先順位の低い案件から、外す・ずらす・付け替えるを検討する
-
4
調整案を業務オーナーと合意し、稼働マップを更新して定例で追跡する
「重要そうな案件」を並べただけでは、優先順位は決まりません。4軸スコアという共通の物差しで比較可能にし、財務指標は前提を明示して一材料として扱う。そして人別の稼働マップで過剰配分をあぶり出し、全部を同時に走らせず順番を付けて集中させる。ここまでが最適化の土台です。
4. 案件を「止める」判断と経営への見せ方
PPMでいちばん難しく、いちばん価値があるのが「止める」判断です。始める判断は前向きで通りやすい。畳む判断は後ろ向きに見え、関係者の面子も絡んで先送りされます。だからこそ、止める判断は個人の勇気ではなく、仕組み(ゲート)で回す。そして、その判断を経営が下せるように情報を「見せる」。この2つが、止める判断を機能させる両輪です。
4-1. Stop/Killをゲートで運用する
案件を止める判断は、思いつきや空気で下すと必ず揉めます。そこでステージゲート——案件の節目ごとに「次へ進めるか」を判定する関門——を設けます。ゲートを置く節目の例は、企画承認・設計完了・試験完了といったフェーズの移行点です。フェーズが明確でない運用なら、四半期の定例をゲートに充ててもかまいません。各ゲートで、当初の前提が崩れていないか、効果見込みが維持されているか、リスクが許容範囲かを点検します。
ゲートに載せて審議するかどうかは、トリガー(引き金)を目安で決めておくと機械的に回せます。例えば「ROI見込みが申請時から30%以上悪化」「遅延が3か月を超過」を”目安のトリガー”として設定し、いずれかに触れたら継続の是非を再審議する、といった具合です。数字はあくまで一例で、案件規模や業種に応じて自社で調整してください。トリガーを事前に決めておくと、「なぜ今この案件を止めるのか」が属人的な感情論になりません。
判定は4つ。地の文で定義を揃えておきます。継続(Go)は前提が維持され、そのまま進める。条件付き継続は期限付きの承認で、例えば3か月以内に前提を再確認することを条件に進める。保留はリソースが空くまで着手を凍結し、順番待ちに回す。中止(Kill)は予算と人員を解放し、ポートフォリオから除外する。この4択をあらかじめ言葉で定義しておくと、会議での判断がぶれません。
ここで役割の線引きを明確にします。最終判定を下すのは経営スポンサーであり、PMOはその判断材料——トリガー抵触の事実、ROI予実、リスク状況——を整理した原案と資料を用意する役に徹します。PMOが案件を止める・続けるを決めるわけではありません。
もう一つ強調したいのは、中止は失敗ではないという文化づくりです。前提が変われば止めるのが合理的な選択であり、止めて空いた資源を本命へ回せば、ポートフォリオ全体の成果は上がります。むしろ「一度始めたら止められない」組織のほうが、沈みゆく案件に資源を注ぎ続けて損失を膨らませます。皆さまの現場では、案件を止める判断を「前向きな一手」として扱えているでしょうか。
「ここまで投資したのだから、今さら止められない」という論法(サンクコストへのこだわり)は、Kill判断の最大の敵です。すでに使ったコストは戻りません。判断すべきは「これから追加で投じる資源に見合う効果が、今の前提でも見込めるか」だけ。過去ではなく、これからで判断する——この原則をゲートの評価基準に組み込んでおきます。
4-2. 経営層に「見せる」ダッシュボード設計
経営が的確に判断するには、情報が一目で状況をつかめる形に整っている必要があります。細かな進捗表を大量に見せても、意思決定は進みません。PPMのダッシュボードで押さえたい項目は、おおむね4つに集約できます。案件ごとの信号機ステータス(青・黄・赤)、ROI・効果の予実(見込みと実績のギャップ)、リソース稼働率、そして主要リスクと対応状況です。下の表は報告設計の骨子です。表を作ること自体が目的ではなく、「経営が次の一手を決められる粒度か」を基準に項目を選びます。
| ダッシュボード項目 | 見せ方 | 経営が下せる判断 |
|---|---|---|
| 信号機ステータス | 案件ごとに青・黄・赤で健全度を表示 | 赤案件への介入・支援の要否 |
| ROI・効果の予実 | 当初見込みと実績のギャップを並置 | 継続・見直し・中止(Kill)の判断 |
| リソース稼働率 | 部門・人別の負荷を100%基準で表示 | 増員・再配分・時期分散の意思決定 |
| 主要リスク | 全社に効く上位リスクと対応状況 | 経営としての意思決定・リソース手当 |
使い方の場面をイメージしてみます。四半期のポートフォリオ会議で、経営スポンサーが信号機ダッシュボードを開く。赤が点いた案件にまず目が止まります。その案件のROI予実を並べて見ると、当初見込みに対して実績が大きく届いていない。ここで「追加投資に見合う効果が今の前提でも見込めるか」という問いが自然に立ち上がり、継続か中止(Kill)かの議論に入っていく——。一覧で健全度を示し、気になった案件だけ深掘りできる形にしておくと、限られた会議時間でも判断が前に進みます。
4-3. 部門横断のリソース争奪をどう調整するか
優先順位を決めても、部門をまたぐ資源の取り合いは残ります。ここで効くのがガバナンス——誰が、どの場で、どんな基準で調整を決めるかの枠組みです。四半期のポートフォリオ会議で優先順位を確定し、そこで決まった配分を各部門が守る。決定の透明性と、決定後の「根回し」を運用に組み込むことで、力関係ではなくルールで資源が動くようになります。統制の仕組みづくりは、プロジェクトマネジメントガバナンス:PMOが構築する統制の仕組みで体系的に解説しています。
実務では、決定そのものより「決定後の合意形成」が難所になります。優先度を下げられた部門には不満が残ります。だからこそ、判断根拠(スコアと戦略適合性)を開示し、次回のゲートで再評価される道筋を示す。「今回は見送るが、次の関門で再び俎上に載る」という運用が、納得を生みます。調整は一度きりの裁定ではなく、繰り返しの仕組みだと捉えてください。
5. 結論:PMOの正しい役割と、最小から始めるPPM
残る論点は2つ。PPMにおけるPMOの役割はどこまでか、そして大がかりなツールがなくても最小構成でどう始めるか。この2つを押さえれば、明日から動き出せます。
5-1. 意思決定者とPMOの役割分担
ここは誤解が生じやすいので、はっきり線を引きます。案件をやる・やめる、どこへ投資するかを決めるのは、経営スポンサー・ステアリングコミッティ・業務オーナーです。PMOがこれらを単独で決めるわけではありません。PMOの仕事は、その意思決定が正しく行える土台を整えること——優先順位評価の枠組みを用意し、KPIを設計し、進捗とリスクをモニタリングし、情報を集約して比較可能な形で経営に届ける、という支援役です。
言い換えれば、PMOは判断の材料と仕組みを提供するのであって、判断そのものを代行しません。この区別を曖昧にすると、「PMOが勝手に案件を仕分けている」という反発を招き、かえって仕組みが機能しなくなります。決定者と支援役を明確に分け、PMOは黒子に徹する。この立ち位置が、部門横断で信頼される秘訣です。PMOをどう立ち上げ、標準化を根づかせるかは、PMO導入で実現するプロジェクト管理標準化の成功事例と効果が参考になります。
| 役割 | 担うこと |
|---|---|
| 経営スポンサー・ステコミ・業務オーナー | やる・やめる・投資配分の最終決定(意思決定主体) |
| PMO・PfMO | 評価の枠組み・KPI設計・モニタリング・情報集約・報告体制の提供(支援・推進) |
5-2. Excelと定例会議で回す「最小PPM」
結論から言えば、PPMは高価な専用ツールがなくても始められます。中小・中堅企業なら、まずは全案件を1枚のExcelに並べ、4軸スコアを付け、月次または四半期の定例会議で見直す——これで十分に回り始めます。大切なのはツールの高機能さではなく、「並べて・比べて・決める」場が定期的に回ることです。
最小構成の骨格はシンプルです。案件一覧シート(戦略テーマ・スコア・稼働・ステータス)、リソースの稼働マップ、そして判断を下す定例会議。この3点セットを回し、慣れてきたら信号機ステータスやゲート判定を足していく。小さく始めて、運用しながら育てるのが現実解です。完璧な仕組みを最初から目指すと立ち上がりません。まず一巡させることを優先してください。
案件一覧シートの列構成は、一例として次のように組めます。案件名/業務オーナー/戦略テーマ/4軸スコア合計/担当者(%)/直近ステータス(青・黄・赤)/次のゲート予定日。この7列があれば、「どの戦略に、誰が、どれだけ張り付き、次にいつ判断するか」が1枚で見渡せます。管理する案件数の目安は、可視性の観点から15〜20件以内。20件を超えるようなら、シートを整える前に案件の選別そのものが優先課題だ、というサインと読めます。数字はいずれも目安であり、組織規模に応じて調整してください。
最小PPMの3点セットは「①案件一覧シート(戦略テーマ・4軸スコア・ステータス)」「②人別リソース稼働マップ」「③月次・四半期の定例判断会議」。まずこの3つを一巡させ、続けながら信号機ステータスやゲート判定を追加します。ツール導入より先に、判断の場を回すことを優先してください。
ポートフォリオを回し始めると、「評価軸の重み付けをどう決めるか」「経営に響く報告をどう設計するか」「部門横断の合意をどう取り付けるか」といった実務上の壁に必ずぶつかります。自社に合った仕組みの設計や、既存プロジェクト群の棚卸しにお悩みの際は、外部の視点を入れると立ち上がりが早まります。
PPMの本質は、限られた人と予算を、会社の戦略に合わせて最大の成果へ配分する意思決定の枠組みにあります。リソースの奪い合いも、戦略とのズレも、根っこは「選ぶ仕組みの不在」でした。並べて、比べて、決める。そして時に、勇気を持って畳む。手始めに、来月の定例会議で、いま走っている案件を1枚の表に並べてみてください。それが、選ぶ仕組みを回す最初の一歩になります。
大手プライム案件で培ったPMO実務の経験から、現状整理のお手伝いをいたします。
株式会社オーシャン・コンサルティングでは、PMO導入・ITプロジェクト支援に関するご相談を随時承っております。現状の課題をお伺いした上で、最適なご支援内容をご提案いたします。
・Project Management Institute「The Standard for Portfolio Management」(PPMの定義・目的・原則、および3層構造におけるポートフォリオの位置づけの主たる根拠)https://www.pmi.org/standards/for-portfolio-management
・Project Management Institute「PMBOK Guide」(プロジェクト・プログラム・ポートフォリオなど基礎用語の定義の根拠)https://www.pmi.org/pmbok-guide-standards/foundational/pmbok
※各URLは公開時点で実在を確認してください。統計数値は一次資料で確認できたもののみを本文に記載しています。
株式会社オーシャン・コンサルティングのコンサルティング部は、ITプロジェクトに特化したPMO専門組織です。
プロセス定義・標準化・可視化・レポーティング環境の整備まで幅広く支援し、大手企業をはじめ多数のPMO導入実績を有しています。
コンサルタントにはプロジェクトマネジメントの国際資格「PMP」取得を義務付け、現場力・実行力・誠実さを軸に、クライアント企業のプロジェクト成功を強力に推進しています。
このコラムは、そうした現場での豊富な経験と専門知識をもとに執筆・監修しています。



